3月17日(月)「韓国まで目と鼻の先の甕津郡の青年が脱北試み、幹部並みの凄惨処刑!」
北朝鮮では、中央党幹部を極刑に処す場合、姜健(カンゴン)軍官学校に連行し、罪人を高射機関銃で粉々にしたあと火炎放射器で焼き尽くすという公開処刑を行っている。これまでは幹部に限られていたこの極端な見せしめ的処刑が、ついに一般人を対象に行われた。最近、脱北を試みた者が90発の銃弾を撃ちこまれ火炎放射器で焼き尽くされる公開処刑が行された。韓国側の延坪島(ヨンピョンド)から目と鼻の先で、うまく船に乗ればすぐに脱北可能な黄海道(ファンヘド)甕津郡(オンジングン)チョンジョン里で、脱北を試みた3人の青年が、見せしめのため、この極悪非道な公開刑に処されたのだ。これ以外にも、韓国にいる脱北者が北に残してきた子供らが処刑されたという情報が、最近あちこちから入ってきている。90年代の体制崩壊の危機に際して、金正日がやたらに人民を処刑したことがあったが、その頃に等しい体制内の動揺が起きている証拠なのではないか。

3月18日(火)「瀋陽の北朝鮮領事館の保衛部幹部ら次々本国送り」
先月、北朝鮮は中国の在瀋陽北朝鮮総領事館の人員を総入れ替えした。北朝鮮では総領事も領事も外務省ではなく国家保衛省から人員を派遣しており、総領事館全体の管理は国家保衛省反探局が担当している。そこで腐敗が蔓延したことに対する懲戒の意味があるようだ。コロナ禍の3年間に上海では外交官、保衛部要員、食堂従業員が約600人逃亡しようとして捕まり、本国に送り返されたという。2014年に中国寧波で10数人の食堂従業員が集団逃亡して韓国入りした時は、瀋陽総領事館が韓国国家情報院の仕業と決め付けて責めを逃れたが、最近の腐敗の甚だしさと、出稼ぎ北朝鮮人をまともに統制できていないことの責任を問うたのだ。

3月19日(水)「金正恩が有事の際、平壌市民を盾に自らの安全図る?!」
米国RFA(自由アジア放送)が、金正恩の別荘を撤去してゴルフ場を作ったが、これは偽装ミサイル基地だったことを、北朝鮮専門撮影研究団体が確認したと伝えた。また、この最近、平壌市内の民家の間に障壁を設置し、その内側に特殊建物をしきりに建てている。これは、中東のハマスは一般市民の居住地の地下に軍事基地を作ったため、イスラエルがハマスを攻撃するのを防いだことにヒントを得て、民家の間の地下に特殊施設を建造しているものと思われる。つまり有事の際は民間人を盾にして、金正恩の命だけは助けようという思惑だと見られる。

3月20日(木)「北朝鮮の幹部はコレがないため消滅の危機に?!」
「平壌からの電話」の第3弾。北朝鮮住民を襲う災害が、住民のクラスによって違った形で現れている。幹部などの上位層は贅沢な飲食のため糖尿病患者が多いが、中国が北朝鮮との輸出入を封鎖したため、インシュリンが入ってこず、幹部らの糖尿病がどんどん悪化しているという。一方、一般住民は乾電池の不足に悩まされている。これも中国から輸入されないためだが、これによって北朝鮮中の時計という時計が止まり、様々な電気製品も使えない状態だという。反体制活動家も乾電池がないためラジオを聴くことができず、活動に支障をきたしているという。

3月21日(金)「仁川沖に流れ着いた北朝鮮住民の反抗の現われ」
金一族に関する象徴物を毀損したり落書きするなど、北朝鮮の首領崇拝を拒否し、反発した住民の怒りの行動が相次いでいる。北朝鮮に最も近い島である白翎島(ペンニョンド)に、最近、様々なゴミと共に「金正恩同志をリーダーとする党常任委員会を命を懸けて死守せよ」という標語が書かれた木片が流れ着いた。「命を懸けて守れ」と書かれた金正恩に関わる物が粗末に扱われたのだ。このところ洪水などの自然災害が起こったという話は聞かないのに、ゴミと一緒に韓国沖まで流れ着いたということは、北の住民が意図的に海に捨てたものに違いにない。金正恩は2014年に「朝鮮の軍事力は世界水準にあるが、人民生活は封建時代に留まっている」と述べ、その後も同じ言葉を繰り返し発した。その後、コロナの3年で人民が苦しみ、続いて自然災害に見舞われ、それが過ぎたら人民生活を改善させる秘策という「20×10(1年に工場を20カ所作り、これを10年続けて最終的に200の工場を造ることで国民生活を向上させる)」政策を打ち上げたが、1年経っても何の成果もあげていない。もはや住民たちもしびれを切らせ、怒りを募らせて、その最初の現われとして金一族の象徴物毀損が続いているものと思われる。

3月22日(土)「金正恩政権初の人民班長大会開催…体制崩壊の危機迫る」
今月16~17日、平壌で金正恩政権で初めての「人民班長大会」が開かれた。北朝鮮では地域レベルの住民管理のために40世帯をとりまとめる「人民班長」として40~50代の女性が任命される。「人民班長大会」は、これまでに金正日時代の1997年「苦難の行軍」の時と2007年7月に金正日の健康悪化により危機が囁かれた時に開かれたが、いずれも国家崩壊の危機にある時だった。今回の「人民班長大会」は昨年の夏、鴨緑江流域の洪水被害で脱北防止施設が流されて脱北者が増えたこと、電話連絡の増加による外部情報の流入、人民軍が空腹のため脱営する兵士が増えていることなどからであり、「非社会主義、反社会主義との戦争」を宣布した。人民班長は「社会主義を守る最前線で命懸けで国家を守る戦闘基地としての役割を果たさねばならない」、「住民生活の拠点、社会主義道徳・気風の最後の砦」であるなどとはっぱをかけた。このような大会を開くこと自体が体制の不安定さを物語っている。

3月23日(日)「ロシア派兵北朝鮮兵士の知られざる実態」
北朝鮮派兵の目覚ましい活躍により、ウクライナ軍がクルスク地域から撤退を余儀なくされたというニュースが伝えられた。北朝鮮兵は勇猛だといった華々しい話題は伝えられるが、派兵された北朝鮮軍の実情はほとんど伝えられていない。当初、約1万2千人がロシアに派兵されたと伝えられたが、我々が把握したところによれば、実際には約3万人が派兵され、追加で2万人、合計5万人の北朝鮮派兵のうち約1万人が死亡したものと見られる。彼らはソ連軍の最前線に送り込まれてドローンの餌食として殺され、前進を躊躇したり逃げようとしすれば、ソ連兵士に後ろから撃たれるような状況である。ストーム・シェイドのような武器で部隊ごと壊滅されたこともあった。ウクライナの捕虜となった2人の北朝鮮兵は、自分たち以外はすべて死んだと証言していた。そのような北朝鮮兵の犠牲についてはニュースとして伝えられないのが実情だ。

「ピョンヤン24時」ダイジェストについて
姜哲煥氏のYouTubeチャンネルにおいて、日々韓国語で語られている最新のトピックスを日本語に要約して紹介する。
姜哲煥氏は、京都に暮らしていた祖父母と父が帰国事業で1963年に北朝鮮に渡り、1968年に平壌で生まれた。9歳の時から10年間、家族とともに悪名高い「耀徳(ヨドク)強制収容所」に収容されたが、奇跡的に釈放され、脱北後1992年に韓国に亡命。10年間の朝鮮日報記者を経て、現在はNGO団体「北朝鮮戦略センター」の代表。韓国、北朝鮮はじめ国内外に様々なレベルの情報源を持ち、信頼度の高い情報をいち早く発信している。「守る会」結成間もない時期に日本に招待し、各地で講演を行っていただくなど、「守る会」との縁が深い。
邦訳著書
『平壌の水槽 北朝鮮地獄の強制収容所』(淵弘訳、ポプラ社)
『北朝鮮脱出』(安赫との共著)上・下(池田菊敏訳、文藝春秋 のち文春文庫)
『さらば、収容所国家北朝鮮』(ザ・マサダ)