〔昨年末、安明哲・太永浩オンライン講演報告〕
昨年12月11日(安明哲氏)と15日(太永浩氏)、NO FENCE(北朝鮮の強制収容所をなくすアクションの会)は2回のオンライン講演会を行った。要点だけをご報告する。
(北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会 名誉代表・NO FENCE代表 小川晴久)
2020.12.11 安明哲氏講演
NKWATCHの昨年5月30日の報告書から
安明哲氏はNKWATCHの代表である。NKWATCHは、2003年に出来た「北韓政治犯収容所解体運動本部」(姜哲煥・安赫共同代表、法人申請したとき韓国政府から相手を刺激しすぎるから「北韓民主化運動本部」に改名させられた)が2014年にNKWATCHと改名したもので、「北韓民主化運動本部」を引き継いでいる。NKWATCHは昨年5月30日英文の報告書を出した。「北朝鮮の人権に対する国際人権運動の成果」(Effects of International Advocacy toward Human Rights of North Korea)A4で97頁の大部な報告書である。コロナのためホームページに載せるだけで報告集会が開けなかったところ、今回オンラインで内容を報告できることを、安明哲氏は開口一番喜んでくれた。報告書の内容の紹介は事務局長さんが行い、安氏は質疑応答に当られた。報告書はNKWATCHのホームページからアクセスできる。今回再読してみた。内容は4部構成で、最初に北の政治制度とその下での強制収容所を中心にした人権侵害(第2章)、次に、国際社会の北朝鮮人権改善運動と北当局のそれへの対応(第3章)、国際社会の人権運動の成果(第4章)、今後の人権改善運動の進め方(第5章)であるが、当然のことながら第4章が我々の関心を引く。当日の私のメモ(事務局長さんによる内容紹介のメモ)と今回の原文再読で、以下4つの事を重点的に報告する。
1、北朝鮮の政治体制は「首領個人独裁の王朝全体主義」
北は1950年代朝鮮戦争以後、金日成の政敵追放政治が始まり、1960年代後半以降金正日後継が確実になって以後、政治体制はより体系的になる。特に1974年に出来た「党の唯一体系確立のための十大原則」が事実上の最高法規となる。政治体制の本質この報告書では、首領の無謬性を根拠とした「首領個人独裁の王朝全体主義」と規定した。金日成の個人独裁に反対する者は強制収容所に送られるが、本人だけでなく、家族、親戚まで収容する血縁的連座制が収容所の根幹になっているという指摘は正確である。人民もこの首領制を容認する者だけが「社会的政治的生命」を持つとして、この生命を持たない者は人間の屑とされ、公民権を剥奪された。この十大原則が最高法規となると、その弊害は至る所に出る。その例として、北朝鮮の外交官が国連を中心とした国際会議でしばしば嘘をつき、他者だまさなければならなくなったのは、十大原則の縛りによるという興味深い指摘もある(often lie and deceive others)。
2、国際人権運動で注目すべき点
① 1988年「北朝鮮の人権」報告書(アジアウオッチ、ミネソタ弁護士会国際人権委員会共編)の影響力大
国際社会が始めて北朝鮮の人権侵害を取り上げたのは、アムネスティー・インターナショナルで1968-69の年報であった。アムネスティー本部は1979年「アリ・ラメダの手記」(ベネズエラの詩人アリ・ラメダの1967年から74年までの北朝鮮での獄中体験の手記)を発表。北朝鮮の強制収容所の存在がこの手記で世界で初めて紹介された意義は大きい。1980年2月アメリカ国務省は1979年各国の人権状況報告で、北朝鮮の人権状況に始めて触れた。北朝鮮の政治的、イデオロギー的制度と、そこで人権侵害状況を具体的に触れ、以後毎年それを指摘していった。そして1988年12月、アジアウオッチとミネソタ弁護士会国際委員会は『北朝鮮の人権』という大部な報告書を刊行した。この報告書は世界人権宣言に沿って、北朝鮮社会の人権状況を総合的に分析したものであるが、完全統制区域(政治犯収容所)が12か所存在すること、人民が51の成分に分類されていることまで紹介した画期的なものであった。NKWATCHはこの報告書が12か所の強制収容所の場所と内部の仕事の内容まで指摘したことが北当局に大きな衝撃を与え、1980年代暮れから1990年代初めにかけて、6つの収容所(政治犯収容所)が閉鎖されたことを指摘している。(小川注:私がこの北朝鮮人権報告書の存在を知ったのは1990年に出た韓国語版(抄録)に依るが、人権活動家の長谷川健三郎さんが原本の入手を教示して下さり、90年代半ばに購入した。そして2004年、原本の刊行より16年も遅れて日本語版『北朝鮮の人権』が連合出版から刊行された。今回この日本語版はもっと活用されなければならないと改めて思った。)
② NEDの役割
NED(National Endowment for Democracy「国立民主基金」と訳してみた)はアメリカ議会のもとに1983年に出来た団体で、世界に民主主義を確立する援助団体であるが、NKWATCHの本報告書ではアメリカ国務省の説明を引用して、NGOと説明している。私は民主党、共和党が共同出資してアメリカ議会のもとに出来ている団体なので、アメリカ政府の機関とは解さないできた。毎年世界から申請を受け、採択されたものに、NEDは資金を援助している。
NKWATCHも申請をし、資金援助してもらっているようであるが、私(小川)がNEDを知ったのは、1999年12月1~3日ソウルで開かれた第一回北朝鮮人権・難民国際会議(尹玄さんたちの北韓人権市民連合主催)を通してであった。北韓人権市民連合は以後17回国際会議を重ねるが(うち1回は日本開催、2002年、この時は日本の実行委が自費で開催)、毎回申請書を出し、開催費用の半額をNEDから支援してもらったと聞いている。他の半額は市民連合の独自調達。日本の私たち守る会(北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会)もほぼ毎回参加したので、NEDがどういう性格の団体なのか注意し、上記のように理解し、今日まで来ている。
NEDは全世界から申請を受け付けていて、支援は北朝鮮の民主化分野だけではないが、北韓人権市民連合が16~17回も上記国際会議を開催したことの意義は、北朝鮮の人権問題の世界化に取って、とても大きい。NEDの果たした役割も大である。
しかしNKWATCHのこの報告書では重大な事実誤認がある。NEDが北朝鮮の人権問題に関心を示したキッカケは、1998年12月の韓国慶南大学東アジア研究所のワークショップ「北朝鮮の経済改革と自由」にNEDが支援したことであると指摘している。これは間違いである。私たち守る会と韓国の市民連合は1996年秋から北朝鮮の山の中に恐ろしい強制収容所が存在することを世界に知らせる季刊誌『生命と人権』(”Life and Human Rights”)700冊を発行し、アメリカには人権活動家スザンナ・ショルテさんを介して350冊、主としてアメリカ議会の関係者に配布してもらってきたのである。
最近までNEDの会長を務めてこられたガーシュマンさんはこの季刊誌を観て、北朝鮮の強制収容所と北韓人権市民連合の存在を知り、国際会議支援を続けて続けてこられたのである。NEDが北朝鮮人権問題に関わるキッカケは、年4回刊行された『生命と人権』という季刊誌であったのである。NKWATCHの本報告書のこのくだりは是正されなければならない。
3、国際人権運動の成果
① 強制収容所が12から4に減少したこと
本報告書は、1980年代後半から1990年代初頭に、12あった強制収容所が6か所閉鎖されたことを指摘し、これは前述の1988年に出た『北朝鮮の人権』という報告書の威力に依るものと認定した(安明哲氏)。2002年北倉18号収容所が閉鎖され、2012年金正恩が権力を執ってから会寧22号収容所が閉鎖され、現在は4か所(14号、15号、16号、25号)が存在し、計13万5千人が収容されているとしている。25号は刑務所式収容所で、後の4つは完全統制区域。ヨドックの革命化区域は2012年に閉鎖され、15号は完全統制区域だけとなる。
② 拘留施設などでの取り調べで殴打・拷問の禁止、集結所での衛生状態の改善
2013年から2018年にかけて亡命者800人の聞き取り調査を行ったが、特に中朝国境地帯の拘留施設などでの取り調べで(特に恵山)、殴打や拷問が減少していることが分かった。これは国際人権運動の成果である。特に2016年から2018年にかけて、金正恩の指示が出たようだ。「我々が2018年に拘留された時、全く殴られることはなかった。私を尋問した取調官は“お前えが昨年逮捕されたら殺されていただろう。最高指導者が命令を出したので政策が変わった。お前を救ったのは、政府の配慮だ”と言った(2018~2019年両江道、恵山保衛部、拘留センター体験者証言)。
集結所などの拘留施設などでの衛生状態も改善がみられる。週一回の風呂。飲み、シラミの駆除ほか。女性の取り調べでの衝立(ついたて)の設置など。
4、今後の運動の在り方
絶えず国際基準の人権を主張し、要求していくことが大切。
(感想)小川晴久
今回本報告書の原文(英文)を読み返してみて、上記した一点の誤り(日本の守る会が深くかかわった季刊誌『生命と人権』の果たした役割が無視されていること)を除いては、概してよくできた報告書であることが分かった。1988年刊行の『北朝鮮の人権』報告書を改めて活用する事の必要性、北に対しては絶えず世界人権宣言で示された人権概念とその内容を示し、北内部にそれを広めることの重要さを確認させられた(小川)。
『北朝鮮 絶望収容所』安明哲著
二、韓国もビラ等撒布禁止法の重大な問題点ー太永浩講演
12月15日の太永浩氏オンライン講演では、前日の14日に韓国国会で成立した「ビラ等撒布禁止法」の重大な問題点の指摘を中心に以下の三つの事が指摘された。 NO FENCEの会報に紹介してあるので(NO FENCEのホームページ参照)、ここではごく簡単に記す。
Ⅰ、北内部への韓国情報増大と韓国のイメージの変化
(1)今北朝鮮人5万~10万人が海外に出ている。
年間1万~2万人が海外に出たり入ったりしている。海外に出た人は皆スマホを持っている。昼間は仕事をし、夜韓国の情報をスマホで見る。北社会では400万台スマホが普及している。ただしインターネットには繋がらない。海外から帰国した人々を通じて韓国ドラマの情報が普及し、北の人々の70~80%が中朝国境を通して入り闇市場で売られているUSBを入手して韓国ドラマを見ている。
(2)今北朝鮮で多くの変化が起きている。
(イ)20代の若者はwindows世代である。2000年以降中学・高校でコンピューター教育が開始され、それはマイクロソフトのWindowsを使って教育される。海外の有名なアニメ『トムとジェリー』『ライオンキング』『美女と野獣』などが、北朝鮮の媒体で放映され、それを観て育っている。
(ロ)韓国製品も闇市で売買され、結婚式に着るチマも韓国製の生地が最高とされている。韓国製のインスタントコーヒー(マキシム)も少々高いが人気がある。
(ハ)当局が韓国を「傀儡(かいらい)」と呼ばせてきたが、人々は韓国に親和感を抱き、「下の町」と呼ぶようになった。これは南北の平和を増進するうえで大きな変化である。
Ⅱ、ビラ等撒布禁止法の成立
(1)成立までの経緯
2018年4月27日板門店宣言では、南北の軍事賤境界上での宣伝活動禁止に合意した。2018年、19年、韓国の民間団体がビラ風船を飛ばしても北は黙っていた。韓国政府は警察執行法を誓って対処していた。ところが2020年4月15日の韓国の総選挙で、脱北者2人が国会議員に当選した(一人は太永浩氏)。5月の韓国の民間団体がその事実を風船ビラで北内部に知らせた。6月4日金与正はビラ撒布を中止し、それを法律で禁止するよう要求してきた。韓国政府は早速それに着手。
2020年12月4日北朝鮮政府は反動的思想・文化排撃法を制定
2020年12月14日韓国政府はビラ等撒布禁止法制定
分断後南北政府が北の人々の目と耳を塞ぐ法律を同時に制定したことは初めてである。
(2)ビラ等撒布禁止法の重大な問題点
(イ)ビラの撒布だけでなく、物品(USBも含む)を投入することまで禁止。
(ロ)軍事境界線からではなく、第3国を通して流入することまで禁止。
(ハ)懲役3年以下、または3千万ウォンの罰金という処罰
(ニ)上記(イ)、(ロ)の規定が曖昧で、拡大解釈の余地があること。
Ⅲ、北の格差社会化と「不正腐敗」の構造化
(1)平壌と地方の格差の拡大
平等をモットーとしてきた北の社会福祉制度の崩壊。地方では一日一食確保も困難。平壌では新興ブルジョアジーが一晩で数百ドルも食事に使う。
(2)公務員も給料だけでは生活できない。
30年勤務した公務員の年金は1ヵ月600ウォン。米1キロの値段が3200ウォン。一ヶ月の年金で米1キロも買えない。(※太永浩氏の例(外務省副局長)、2013年1ヵ月の給料2900ウォン。米1キロ3200ウォン)
飢え死にしろという給料である。したがって給料以外の収入を稼がなければならない。しかし金正恩はこれを「不正腐敗行為」といい、不正腐敗との闘争は戦争であると言っているが、これは構造的な問題であって、「不正腐敗」でなくすことはできない。権限のある時に蓄積するしか生きていけない。
(質疑から) 与党の中に北朝鮮の人権状況を憂える議員はいないのか?という質問に対し、政府の方針に反対する議員は除名される、政権の支持率が下がっても多数の議席を確保しているときに、必要と思う法律を作ろうとしているというのが太永浩氏の回答であった。
(文責 小川晴久)