◆韓国政府 北朝鮮の人権侵害まとめた報告書を初公表 尹政権、北の人権改善に努める姿勢強める

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 韓国政府のユン・ソンニョル(尹錫悦)政権がさる3月31日、北朝鮮の人権侵害状況をまとめた『2023年版北朝鮮人権報告書』を初めて公表した。権寧世(クォン・ヨンセ)統一部長官は巻頭言で、「報告書の発刊は北の人権の実質的な改善に一層努めていくという政府の意志の表れ」とし、人権侵害の実態を正確につかみ実質的な解決策を見いだすことに根本的な目的を置いている」と説明した。数多くの報道機関が報じたが、NHK、朝日新聞、産経新聞、聯合ニュースなどが報じた内容をまとめてここに紹介する。

(2023年 北朝鮮人権報告書 NHKニュースより)
 統一部によると同報告書は、2017~2022年に北朝鮮を離れた脱北者508人が証言した約1600件の人権侵害事例を基に作成された。報告書は450ページほどで第1章、市民的・政治的権利 第2章、経済的・社会的・文化的権利 第3章社会的弱者 第4章、政治犯収容所・韓国軍捕虜・拉致被害者・南北離散家族――の4章からなる。証言者の類別だが、女性(53%)と男性(47%)の割合はほぼ同じで、年代別では20代(31.1%)が最も多かった。居住地は中国と国境を接する両江道(59.1%)と咸鏡北道(17.3%)が多く、平壌市(10.8%)が続いた。

 その報告書の内容だが、「北朝鮮では公権力による恣意的な生命のはく奪が存在する」として、「即決処刑の事例に関する証言が継続して寄せられた」という。また、殺人などの凶悪犯罪だけでなく、「薬物取引、韓国の(ドラマ)映像の視聴・流布、宗教・迷信行為など、自由権規約上で死刑になり得ない行為に対して死刑が執行されたとの証言があった」と報じている。中でも女性が、家庭や学校、軍隊、拘禁施設でさまざまな暴力にさらされており、韓国の映像を見たという理由で青少年が処刑されることもあったという。

 具体的事例だが、「2015年に東部の元山で16~17歳の青少年6人が韓国の映像を視聴し、アヘンを使用したとして死刑を宣告され、すぐさま銃殺された」との証言が紹介されている。2017年には自宅で踊る女性の動画が出回り、「当時妊娠6か月だったこの女性は、故金日成(キム・イルソン)主席の肖像画を指差すしぐさが問題視されて公開処刑された」という。密かに韓国製の化粧品などを販売した住民が処刑されたとする事例なども取り上げられている。その他、「思想に問題がある」として公開処刑されたとする脱北者の証言も記載され、殺人などの犯罪以外にも広く死刑が適用されていると指摘している。

 さらに、北朝鮮では食糧配給制がきちんと機能しておらず、「大半の住民は個人の経済活動によって食料を手に入れている」という。無償治療制の運営も不十分で、「医師らに現金や品物で謝礼を払う必要があるとの証言が寄せられた」という。

 報告書は第4章の「政治犯収容所」では、被収容者に対する処刑や強制労働が行われており、「韓国軍捕虜や拉致被害者、朝鮮戦争などで生き別れになった離散家族は監視と差別に苦しめられている」と、深刻な人権侵害の実態を伝えている。また、「北朝鮮が設けた政治犯収容所は11カ所で、現在も5カ所が運用中だ」と分析している。報告書には、韓国人拉致被害者らが過酷な労働や監視、差別に苦しむ実態も記録されている。「83号」と呼ぶ医療施設では、生きた人に医学実験を施す生体実験が行われているとの証言も収録された。

 聯合ニュースは、こうした内容の多くは国連や国内外の民間団体がまとめた報告書に載っていることだが、「政府の報告書で扱うことで公式化する意味がある」と伝えている。また統一部は、国境地域の事例が多く、新型コロナウイルスの流行を受けた北朝鮮の国境封鎖で脱北者が急減したため22年以降の事例が非常に少ないという限界もあったと説明している。

 さらに、統一部は「報告書が北朝鮮当局の意味のある態度変化と責任ある行動を引き出す役割を果たすよう望んでいる」とした上で、「北の住民が人間的な暮らしを享受できる日まで、国際社会と連帯、協力して人権の改善へ揺るぎなく歩んでいく」と強調した。

 韓国では、北朝鮮住民の人権保護と促進を目的とした北朝鮮人権法が朴槿恵(パク・クネ)政権時代の2016年に可決、成立。脱北者らへの聞き取り調査などを基に2017年から毎年、報告書が編纂(へんさん)されてきたが、閲覧は政府関係者らに限られ、非公開とされ、公表はこれが初めてである。対北融和策を進める文在寅(ムン。ジェイン)前政権が人権問題の提起に激しく反発する北朝鮮に配慮したとみられている。