『北朝鮮脱出 上・下』姜哲煥、安赫著
この本は、強制収容所から脱出した方の手記です。姜哲煥氏は、在日二世でもあるため、帰国した在日朝鮮人がどういう目にあったかも多く書かれています。
強制収容所内での在日朝鮮人の子供達がどれだけ残酷な目にあっているか本書より引用します。
この残酷な人権弾圧が停止されない限り、北朝鮮との国交正常化も交流も難しいでしょう。
運動場の砂地で、手の皮は削りとらせる
運動場に行ってみると、教壇の前に六人の生徒が罪人のように頭を下げて立っていた。すでによほどムチで打たれたのか、彼らの顔には青く痣ができてパンパンにふくれあがり、頬から涙が流れていた。生徒たちが全員運動場に集まると、朴教員は恐ろしい剣幕で教壇にかけあがり、あらんかぎりの声を張りあげた。
「こいつらは勝手に作業場を離脱し、学校の裏山に行き、くるみの実をもいで食っていた。他のみんなが一所けんめいに働いているときに、こいつらは自由主義をしていた。今日、私がこいつ らの心根をしっかりと矯正してやる」
朴教員は、生徒たちを摘発したのがさも自慢であるかのように、突き出た腹をさらに突き 出しながら怒鳴った。そして、おじけづいてぶるぶると震えている生徒たちに、両手をまっすぐに開いて高くあげろと指示した。高く持ちあげられた六人の手はすべて真黒にそまっていた。
よく見てみると、手だけではなく、口のまわりも墨をなめたように黒くなっていた。まだ熟していないくるみを手で割って食べているうちに、その色素のために黒くなったのだ。
その色素が肌にしみこんでしまえば、いくらぬぐい落そうとしてもちょっとやそっとでは落ちない。
朴教員は教壇からかけおりると、六人全員に完全に腰を曲げ、手のひらを地面につけるように命じ、腰を少ししか曲げていない生徒の尻を蹴とばした。
「完全に曲げろ、こいつめ!」
「手のひらを地面につけろ!」
「右足をあげろ!」
「体重を両手のひらにかけなければだめだ。もし手のひらを地面にいいかげんにつけているやつは、ひどい目にあわせてやる。いいか、要領主義(知恵を慟かすこと)起こすんじゃないぞ! それでは右足をおろせ。体重はそのまま手にかけて……」「それから両手のひらを地面につけたまま、うしろに動け。手のひらについた黒いしみが消えるまで、やるんだ。さあ、始めろ!」
私は全身に戦慄が走った。
運動場を半周する前に、六人の手のひらは、皮がむけて、少しずつ土に血がしみ出始めた。生徒たちは泣きながら哀願した。
「先生、問違っていました。許してください、助けてください」
腰をかがめて全体重を手のひらにのせたまま、運動場をこすりながらぐるぐるまわって、やわらかい手のひらが耐えられるほうがおかしい。しかし朴教員の顔には少しの動揺の色もなかった。
ついに1人の生徒が手がこすれ、それ以上がまんできずに手のひらを地面から離した。すると朴教授はその顔を足で蹴りつけ、手のひらを再び地面にあてさせ、靴で彼の手をめちゃくちゃに踏みつけた。女子生徒の間から泣き声が漏れ、そこに集まってこの光景を見ていた生徒全員は、体を震わせた。おびえてもいたが、同時に、朴教員の野蛮な行為に憎悪が沸きたち、耐えることができなかったのだ。
ついに六人の指先がみなやぶれ、血がしたたり落ちた。彼らはもう死んでもいい、もうがまんできないというように、全員泣きながら地面から手を離した。
しかし朴教員はその程度では満足できないという様子だった。彼は口許に妙な笑いを浮かべながら、「立ちあがれ!」とあとずさり、体罰を中止させた。そして手のひらの検査を始めた。指先からは血が流れ出ていたが、手のひらの真中にはまだ、くるみの黒い色が見えた。
「俺は一度やるといったら最後までやる人間だ。くるみのしみがすべて取れるまでやると、はっきり言った。さあ、また始めるぞ。用意!」
あっけにとられるような指示が出された。
六人の子供たちはオンオンと泣きながら、血が流れる指先を持ちあげて手のひらだけを地面にあてたまま、再び運動場をまわった。
そのようにして一周をまわり終えて初めて朴教員は、「もうよし!」
と言って野獣のような体罰を終わらせた。
「今日は初めてだからこの程度で許してやるが、またこんなことをしでかしたら、そのときはどうなるかみんな見ただろう? おまえたちもこいつらのようになりたかったら、いくらでも自由主義をしろ!」
朴教員は生徒たちをさんざん脅しつけてから、学生監督を別に呼んだ。そしてこの子供たちは、他の子供より三時間余計に仕事をさせてから家に帰せと指示した。
『北朝鮮脱出〈上〉地獄の政治犯収容所 (文春文庫)』 姜哲煥、安赫著 文庫版 P45-48
※トップの画像は『Are They Telling The Truth?』P132より。